大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和60年(行ツ)160号 判決 1985年12月05日

上告人

株式会社浪速管理

右代表者代表取締役

野崎弘毅

右訴訟代理人弁護士

冬柴鐵三

紺谷宗一

被上告人

大阪西公共職業安定所長 近藤亮道

右指定代理人

大田黒昔生

岡本薫

右当事者間の大阪地方裁判所昭和五九年(行ウ)第六〇号高年齢者雇用確保助成金不支給決定処分取消請求事件について、同裁判所が昭和六〇年五月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人冬柴鐵三、同紺谷宗一の上告理由について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷口正孝 裁判官 和田誠一 裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎 裁判官 大内恒夫)

上告代理人の上告理由

原判決には、雇用保険法施行規則一〇五条の解釈を誤った違法があり、引いてはこれが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れないものである。

即ち、原判決は、右規則による高年齢者雇用確保助成金(以下、本件助成金という)の支給要件を定める右規則一〇五条一号の解釈について、これを限定的に解し、これまで労働協約又は就業規則により定年を六〇才以上に定めていなければ、本件助成金の支給を受けられないと解しているが、右解釈は本件助成金が新設された趣旨に反するばかりか、現在の中小企業の実態にも反しており、明らかに違法である。

第一 本件助成金制度の創設の趣旨

一 本件助成金は雇用保険法六二条一項に定める雇用改善事業として創設されたものであり、同項一号の「事業主に対して、定年の引上げ、定年に達した者の再雇用等による高年齢者の雇用の延長の促進その他年齢別の雇用構造の改善を図るために必要な助成及び援助を行うこと」の事業として行われる助成金制度のひとつである。

二 そもそも、雇用保険法は第一条に明らかな通り「……労働者の職業の安定に資するため、失業の予防及び雇用機会の増大、雇用構造の改善……を図ることを目的と」しており、右目的を達成するため、失業給付を行うほか、雇用安定、雇用改善、能力開発及び雇用福祉の四種の雇用保険事業を行っているのであり、本件助成金は、右事業のうち雇用改善事業の一環として創設されたのである。

そして、これはわが国で現在急速に進んでゆく社会の高齢化に対応するため、六〇才定年制をさらに延長する企業に助成金を出し、それにより六〇才台前半層の労働者の雇用を促進する効果を狙ったものということができる。

三 本件助成金制度は、右の趣旨のもとに、実施されているが、その支給要件の概要は、労働協約又は就業規則により六〇才以上の定年を定めている雇用保険適用事業の事業主が、昭和五七年一月一日以後に労働協約又は就業規則によって定年の引上げ、勤務延長制度、再雇用制度、出向制度の一又は二以上の制度を設けて従業員を六一才以上まで雇用延長することとした場合に、所定の要件を充足する従業員数に応じて助成金を支給しようとするものである。

第二 限定解釈を行うことの不合理

一 原判決は、右支給要件のうち、旧定年制の実施についての規定が労働協約又は就業規則により定められていることが必要とされるのは、雇用延長の前提となる旧定年制が雇用関係を規律する制度として存立していたことが客観的に明確であることが本件助成金制度の適正な運用を図るために不可欠な要件であるとされたためであると解し、立法論としてはともかく、規則一〇五条は限定的に解釈するのが相当であり、旧定年制につき、就業規則又は労働協約に定めがなかった場合には、本件助成金の受給要件を欠くというべきと判旨しているのである。

二 しかし、右解釈は、本件助成金制度を設けた趣旨を全く無視するものであり、不当といわざるを得ない。

法の解釈において、一般私法と、本件の雇用保険法の様な社会法とではその解釈の方法が異なることは当然であるが、特に本件の様に高度に目的的性格を有する法律の解釈に際してはその法目的に即した解釈がなされなければならない。

この点について、原判決は何ら考慮することなく前記判断を下しており、全く不当である。

三 まず、原判決は本件助成金の支給要件である旧定年制が労働協約又は就業規則で定められていることが、旧定年制の存立を客観的に明確にするものであり、それにより本件助成金制度の適切な運用が図られると即断している。

しかし、右解釈は何ら合理的理由を有するものではない。確かに、本件助成金を受給するため新たに雇用延長制度を設ける場合、その方法を労働協約又は就業規則の二つに限定し、客観的に明確な基準とすることには一つの意味があると考える。

しかし、旧定年制の実施についても右同様右二方法に限定する必要は全く存しないのである。もちろん、原判決の判旨する様に旧定年制の存在が客観的に明確であることは、本件助成金制度運用の不可欠の要件であるが、それを右二方法に限定する必要はまったくないと言わざるを得ない。逆に、右二方法に限定してしまうことによって、本件助成金制度を設けた意味が半減してしまう可能性の方がはるかに大きいのである。

四 まず、就業規則についてはその作成及び届出が義務づけられているのは、常時一〇人以上の労働者を使用する事業であるから(労働基準法第八九条)、右基準に満たない零細企業は就業規則の作成義務は存せず、現実にほとんどの場合においては就業規則は存しない。

また、労働協約についても、右企業の場合は、ほとんど存しないというのが現実である。

したがって、常時一〇人以上の従業員を擁しない企業の場合は、就業規則、労働協約のいずれも有していないのが通常と考えられるのであり、右零細企業の場合、たとえ従来定年制を実施していたとしても本件助成金支給の対象外となる。

原判決は右の点について、「本件助成金制度の性格上やむをえないものというべきである」と判旨しているが、その根拠は全く明らかでない。

日本の産業構造が中小企業中心であることは周知の事実であるが、昭和五九年版中小企業白書付表2ないし4によれば、昭和五六年の時点において非一次産業の中で従業員二〇人未満の小規模事業所の占める割合は総事業所の七九・二パーセントであり、数にして四九六万四五二八事業所に及んでいる。

そして各産業別の統計(右付表5)によれば右小規模事業所の中で一〇人未満の事業所は、製造業では七四・二パーセント、卸売業では七五・八パーセント、小売業では九四・一パーセント、サービス業では八九・一パーセントに及んでいるのである。

ところが、原判決は、右零細企業の本件助成金制度の受給資格については、単に「その性格上やむをえない」との理由だけで事実上否定してしまっているのである。

もし、原判決の様に解すれば高年齢者の雇用の促進を図ろうとする本件助成金制度の適用の範囲を著しく制限し、同制度の趣旨をまったく没却してしまう可能性が強い。

五 問題は一〇人未満の零細企業の場合だけではない。

上告人は、昭和五二年七月六日、設立されたのであるが、設立に際し、就業規則を作成し労働基準監督署に届出ていなかったため、同年一二月一四日大阪西労働基準監督署より、就業規則を作成届出る様に是正勧告を受けた。

その際、上告人が就業規則に定年制を規定しなかったのは、モデルとした他社の就業規則にその規定がなかったことと、既に個別の労働契約で定年制を定めているから就業規則に規定する必要がないと考えたからにすぎない。

そして、その際、労働基準監督署は上告人会社の右労働契約に定年の規定があることを知りながら、上告人届出の就業規則に定年制の規定がないことについては何の指導もしなかったので上告人の右誤解は本件で問題となるまで是正されないままとなっていたのである。

しかし、上告人会社においては、個別の労働契約において、個々の従業員との間で六〇才定年を約定していたのであり、実際に定年で退職した従業員も存するのである。

上告人の様に定年制の実体を備えておりながらも、労働協約又は就業規則によって定年制を規定していないという理由で、本件助成金の支給を受けられないというのは前記本件助成金創設の趣旨から考えてあまりにも不都合と言わざるを得ない。

六 さらに、昭和五六年一二月一五日付職発六〇九号労働省職業安定局長の各都道府県知事あて通達「雇用保険法施行規則の一部改正(雇用改善事業関係)等について」(乙一号証の一、二)の中においても、本件助成金の支給対象事業主として「定年が六〇才以上とされている事業所の事業主であって昭和五七年一月一日以後労働協約又は就業規則の定めるところにより」雇用延長制度を設けたものとの記載があり、これはまさに上告人の主張のように旧定年制についての規則一〇五条の要件を通達で緩和したものということができる。

この点について、原判決は、右記載は雇用延長制度に主眼をおいて規則一〇五条の説明をしたものであるとの理由で、上告人の主張を退けている。

しかし、旧定年制の存在と、雇用延長制度の創設とは、共に本件助成金制度の重要な支給要件であるから、本件助成金制度の概要を説明した右通達において一方を簡略化し、他方に主眼をおく合理的な根拠は全く存しない。

したがって、この点についての原判決の見解もまったく理由のないものである。

七 以上述べたとおり原判決が本件助成金制度の支給要件である旧定年制の存在について労働協約又は就業規則に規定されている場合に限定すべきであるとしているのは、あまりに形式的な解釈であり、受給対象企業をいたずらに制限するあまり本件助成金制度が創設された趣旨に著しく反することは明らかである。

雇用保険法施行規則一〇五条が旧定年制について「労働協約又は就業規則」に定められている場合と規定しているのは、通常定年制が右二方法によって定められている場合が多いので、その二方法を例示的に掲げたものであると解するのが法の趣旨にも合致し、妥当である。

したがって、原判決には雇用保険法施行規則一〇五条の解釈を誤った違法が存し、破棄を免れないものである。

以上

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